アルコール依存症と家族  デイ大石 : 山田 茂

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私のアルコール歴は高校を卒業してから始まりました。会社に就職してごく普通に一般社会に入りました。職場の先輩や同僚などと仕事が終わってから居酒屋などの店に立ち寄るようになりました。
 そんな中で友人と一緒に入った店にはまってしまいました。店にというより、そこに務めていた女性にと言った方が正確でした。私より年上のその女性は美人ではありませんでしたが、優しく面倒見の良い人でした。それにはまってしまい毎日のように通うようになりました。女性に好かれようと思い閉店まで居るようになりました。それに伴い酒量も増えて行きました。ところが金の方が続かなくなりサラ金に手を出してしまっていました。サラ金の取り立ては厳しく、最終的には職場にも電話が入るようになり、会社はとうとう自己退職ということになりました。借金の方は親兄弟に肩代わりしてもらいました。これが一つ目の借りです。
 二つ目の借りーその後普通に生活していれば良かったのですが、一度覚えたアルコールの味は私を再度その世界へと導いて行ったのです。さすがにサラ金にはもう手を出せませんでしたが友人・知人に嘘をつき借金を繰り返して行きました。
 そのうちに体の方が悲鳴をあげてしまいました。胃潰瘍でした。救急車で運ばれ即入院でした。その頃は定職に就かず日雇い生活だったので、金は殆ど無く、その日暮らしが精一杯で、ましてや入院費などある訳がなく又々兄弟に面倒をみてもらうハメとなりました。退院後しばらく実家でブラブラしていました。これではいけないと思い仕事をするのですが長続きせず、そうこうする内に年齢の方は50歳近くになっていました。
 その後もアルコールの量は減らず逆に増えて行きました。そして、とうとう運命の日とでもいうのでしょうか、これではもう駄目だと思い、自分で酒を断つ決心をしアルコールを断ちました。ところがその一週間後になって幻覚を見てしまい、また体の方も膝に来てしまい一度座ると立ち上がれなくなってしまいました。そして、依存症という事を兄弟に伝えると、もうお前の面倒はみられない、家を出て行けと言われ縁を切られてしまいました。私は途方に暮れてあちこち電話をして病院を探し、運よく大石クリニックにたどり着きました。
 断酒して一年が過ぎ、体の方は何とか70%近く戻って来ましたが一つだけ心残りがあります。それは母親の事です。今年90歳になる母ですが、その母親にも数々の心配や迷惑をかけて来ました。家を出てから1年余りが過ぎ、断酒をしてアパートを借りるところまで来た現在、むしょうに母親に会いたくてたまりません。実家は山の上にあるのですが、そこからの坂道を下ったすぐの所に現在私が住んでいるアパートがあります。徒歩で僅か5分余りの坂道が私には非常に長く、きつく感じられるのです。現在は連絡も無く母親の存在自体が分からない状態です。
 今、断酒会という会につながり先輩の数々の体験談を聴き、自分の過去を反省する日々を送っています。「一日断酒」、「例会出席」を続け一日も早く母親に会いに行けるよう頑張ります。


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